全国の動物園が手本にしたい、ファミリーパークの運営キーワード
富山県の真ん中、呉羽丘陵の城山公園内にある動物園「富山市ファミリーパーク」。開園以来、県民に愛され続けているこの施設を支えるのが、立ち上げ時から運営に携わり、現在園長を務める山本茂行さんだ。
同パークは、全国で唯一「園内に里山のある動物園」だ。運営のキーワードは、「地域」「里山」「動物」。「地域の人々の元気は、里山の豊かな自然と、そこに暮らす動物たちのエネルギーから生まれます。つまり、森が元気になれば人も元気になるのだと、私は考えているのです」。山本さんはこの考えに基づき、常に新しい取り組みに挑戦し、日本中の動物園から注目されている。
今年3月には、園内の里山に手を入れた。開園以来、手つかずで荒れた里山を整備し、美しく甦らせることで、景観保全の大切さを人々に伝えるためだ。全国的に、過疎化などで放置され荒れた里山が増加している中、地域市民にとっての、里山再生への興味を促すきっかけづくりの場を目指す。
また、市民参加型の様々なイベントも続けられている。一例として、8年前に開始した「市民いきものメイト」による園内の森づくりが盛んだ。2007年からは、呉羽丘陵の人や文化、歴史や自然を地域の力で結びつけ、地域活性を目指す「くれは悠久の森事業」もスタートした。
それら取り組みの数々は、今や全国の動物園や水族館で、手本にしたいと言われているほどだ。その裏側には、一旦は低迷したパークの人気と、そこから再生を図るための、山本さんの固い決意があった。
開園当初の話題性と人気の低迷
立ち上げ当初から、山本さんは異彩を放っていた。新しく完成する動物園を、当時の日本で主流だった、大型娯楽施設のような場所にはしたくなかったのだ。。
まずは動物の種類。「外来動物を次々に輸入するブームが起きていた時代で、富山市もその流れに乗ろうとしていました。私は猛反対しました。子どもたちの自然離れが進む中、珍しい動物を見せるだけでは意味がない。我々と同じ環境下に暮らす、地元の身近な動物たちを中心に集めて、その生態を知ってもらおうと提案しました」。
そして飼育環境。「全ての敷地を更地にして、一から新しい環境を整えるのではなく、呉羽丘陵に残る豊かな自然をそのまま利用しようと訴えました」。
山本さんの意見は採用され、その結果、1984年の開園時から、「ふるさとの動物をふるさとの人に伝える、日本で初の動物園」として話題になる。園内の里山ではタヌキやウサギが駆け回り、飼育員は裏方を超え、来園者に対する解説員を務めた。
しかし、経営は右肩上がりではなかった。2005年の来園者数は、過去最低の18万人。「2004年の秋頃から、富山市内で熊が頻繁に出没し、人を襲う事件が起きました。私たちパークの職員も現場に駆けつけましたが、何もできず役に立てず、地元の方々からは、『お前らは園内のおとなしい熊さんたちに餌やってろ』とあしらわれました。ショックでしたね。自分たちがいかに頭でっかちであったか、思い知らされました」。パークは転機を迎えていた。
再生に向けての新たな決断これからの動物園の在り方とは
そんな中での園長就任。山本さんは、パークの運営方針を大きく見直す決意をした。「図鑑のような動物園ではダメ。動物と里山と地域が持つ資源を活用し、地域の課題に貢献できる施設づくりを進めていく時代が来たのです」。市民に歩み寄り、認められ、頼りにされる動物園を目指しての再出発。徐々に現在の形が確立され、パークは人気を取り戻した。2007年、来園者数は30万人を超えた。
また自身は、園外での活動にも多忙だ。養老孟司氏が名誉会長を務める「きんたろう倶楽部」では、副会長に就任。森と人の元気のために、里山と熊の関係についての議論を展開中だ。最近では、全国の動物園や大学、研究会から、頻繁に講演依頼が舞い込むようになった。「この20数年で、動物園の役割は大きく変化してきました。近年は、人と生き物の繋がりの場として再注目されています。今こそ地域特有の自然を見直し、活かし、大人も子供も元気にしようと、全国の園長に呼びかけています」。
58歳。熱い思いは今も変わらない。