様々な分野の第一線で活躍する一流のプロたち。その仕事には、どのような試行錯誤があり、それをどう乗り越えているのだろうか。その道をリードするプロフェッショナルたちの言葉から、仕事の醍醐味、奥深さを感じ取って欲しい。

プロフェッショナルが語る私の仕事道

情熱こそが一番の才能
古くさいけど、
やるからには命懸けでやる

富山から人が離れるのは、富山に魅力がないからだ

 鉄道よりもコストを抑えられ、路面電車よりも安定し輸送量も多い、ライトレール。欧米では、機能的で住みやすいまちづくりと一体となった交通システムとして、地方都市を中心に導入されている。

 そのライトレールシステムを日本で初めて本格的に導入し、富山市内で運営しているのが富山ライトレール株式会社。利用者の減少したJR富山港線を引継ぎ、富山市の再開発のために設立された同社に、佐伯哲弥さんは昨年11月に富山市役所から出向し、営業企画に携わっている。佐伯さんに白羽の矢が立った理由は、市役所時代、「未来の富山市のあり方」を学ぶ勉強会を自主的に開いていたからだ。「富山で生まれ育ったので、富山をどこよりも魅力的なまちにしたい。そう考えたとき、市役所で働くという選択肢が出てきたのです。富山のためになるのなら、公務員でも民間でも何でも良かった。出向にも何の違和感もなかったですね」

  ライトレールはプラットフォームが低く、車両も全車が低床車両で利用者に優しくできている。今後の高齢化社会を見込んでいち早く導入された、まさに「切り札」的存在だった。

発言力を高めるには、まず、実績。夜の居酒屋をまわって営業した。

 しかし赴任して現実に直面する。富山ライトレールが本格的にグッズ販売やイベントなどの営業に乗り出したのは11月。4月に開業してからの半年間は、車両を走らせるだけで手一杯。関連グッズはあっても売り方が決まっていない、そういう状態だったのだ。「逆に何も決まっていないからチャンスでした。とにかく実績を作ろうと決意しました」

  佐伯さんは営業カバンにグッズを詰め込み、富山中を走り回った。個人住宅も訪問した。夜の居酒屋もまわって売り歩いた。そんな佐伯さんを見て、心ない言葉を投げかける知り合いもいたという。しかし、結果が周囲の見る目を変えた。

  「一本3000円するネクタイを一カ月で数百本売りました。実績は残した。ではぼくの企画を提案しますよと、それで出したのがクリスマス企画なんです」

  むろん企画がすんなりと通ったわけではない。佐伯さんが考えていたのは、車両や内部をクリスマス色に装飾し、クリスマスソングも流すというもの。

  「4月の開業以来好調なのに、どうしてそんな色物のようなことをするんだと言われました。けれどぼくには好調が続くとは思えなかったんです。今はいい。物珍しくてマスコミも話題にしてくれるから。けれど今後も同じ扱いをされるのか。また、冬になれば客足も鈍る。手をこまねいていれば、ジリ貧になるだけだと」

  熱意は通り、GOサインが出る。クリスマスまで一週間。予算も少ない。佐伯さんは同僚たちと、自分たちで車両の装飾をし、プレゼントの準備をした。当日、トナカイの着ぐるみを着て子供たちにプレゼントを配った一人に、佐伯さんの姿があった。一致団結してあたった成果か、クリスマス企画には全国から人が訪れた。

東京よりも魅力的な街作りを。富山の成功が、地方の成功になる

佐伯さんは機を逃さず、続けざまにバレンタインイベントも企画する。

  「次に考えたのは地域との提携と、ライトレールのさらなるイメージアップです。宣伝も、少ない予算でどうするか考えました。ちょうど市長が会社を訪れたんですよ。周りにはマスコミがたくさんいる。だからその時にマスコミの前で、バレンタイン企画を市長にプレゼンしました」

  狙いはあたった。終点の岩瀬浜にある岩瀬カナル会館と提携し、鐘とメッセージボードを設置。車両デザインは富山北部高校商業デザイン科の生徒さんにお願いした。結果、ボードには500以上のバレンタインメッセージが並んだ。

 「私たちが目指しているのは住み良いコンパクトシティ。今後高齢化社会がすすんだ時、今のような鉄道システム、今のような車社会でいいのでしょうか? ライトレールは都市再生の起爆剤。この成功こそが、富山の成功、ひいては地方の成功だと考えています。東京よりも魅力的な富山をつくるために、できる限りのことはやっていくつもりです」

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